おさる獣医師の動物園歳時記

いつもは裏方でサルの診療にあたっている「おさるの獣医師」が
緑豊かな動物園の自然と動物について
感じるままにシャッターをきり 書きとった「動物園歳時記」です。


 
日本モンキーセンターにある「ビッグループ」では日に二、三度フクロテナガザルの大きな鳴き声を聞くことができます。



フクロテナガザルは、スマトラ島やマレー半島の森に棲息する小型の類人猿です。小型と言っても体重は十から十五キログラムほどもあって、テナガザルの仲間ではもっとも大きな種です。テナガザルが鳴く理由は、一夫一妻とその子どもたちで暮らす中でのコミュニケーション手段、あるいは森の中で自らの居場所を知らせて、なわばりを主張するためなどとされています。現在、ビッグループではオス・メスのペアとその息子たち四頭が暮らしていますが、彼らの暮らしぶりを見ていると前者の理由が大きいように思います。



さて、その鳴き方ですが、息を大きくゆっくり吸うことから始まります。イントロ?では名前の由来にもなっている喉の下にある鳴き袋(共鳴袋)を吸った息で徐々に大きく膨らませます。短い第二節(Aメロ?)では単発の声を鳴き交わすようになり、続く第三節(Bメロ?)では複数回の叫び声に切り替えながら次第に身体の動きも大きくなります。第四節(サビ?)に入ると高さ十メートルの巨大ウンテイを飛ぶように移動しはじめます。メスによる大きく長い叫び声にリードされ、オスや息子たちがそれに呼応するように鳴き声、叫び声を次々と重ねていきます。ここまでを一つのユニットとすると、小休止を挟んでこのユニットを何度も繰り返しながら絶頂へと登り詰めていきます。



一度鳴き始めると二十分あまりの大合唱となります。鳴き声を聞きつけたお客様が園内各所から周辺に集まり人だかりができます。最後は、フクロテナガザルと聴衆が一体となってクライマックスをむかえます。



フクロテナガザルの鳴き方には、家族ごとに個性があると云われています。家族の構成や頭数によってもアレンジに違いが出てきそうです。フクロテナガザルはいくつかの動物園で飼育されていますが、ユーチューブで紹介されているのを見ても違いがわかります。機械を使って声紋の分析もできるようですので、科学的に証明も可能ではないでしょうか。ただし、風邪をひくなどして体調が悪いと上手に鳴くことができません。ほかのサルたち同様に自分で「鼻をかむ」ことができないので、「鼻づまり」ではブレスが続かないためでしょう。彼らの歌の調子を見ることは、体調を診るバロメーターにもなっています。

フクロテナガザルの共鳴袋についても興味が尽きません。図鑑などでは「灰色からピンク色をしている」と書かれています。こちらも個体差があるようで、動物園(個体や家系)によって、いろいろのようです。日本モンキーセンターに暮らす一家には、皮膚のたるみやシワに沿って瓜(うり)のような模様が見られます。もしかすると共鳴袋のこの模様も指紋のように個体による違いがあって、個体の識別に使えるかもしれません。

ぜひ一度、日本モンキーセンターのフクロテナガザル・ライブに足を運んでみてください。(2017.11.29)

 木村直人(日本モンキーセンター・獣医師)

この原稿は中日新聞愛知県広域近郷版に掲載された「愛ラブ自然」を元に
写真は違うカットを用い、テキストは加筆修正を加えています。


↓バックナンバーはコチラから↓
〜過去の動物歳時記「よもやま話」〜


 日本モンキーセンターTOP