テングザルの生態を追って:テングザルの森に何が? 松田 一希 京都大学・霊長類研究所 ボルネオ島の固有種であるテングザルは、島を流れる川沿いの密林に暮らしている。川沿いの森はぬかるみが酷く、容易に人が侵入できないことから、従来のテングザル研究は、朝夕の限られた時間に水上のボートから観察するという手法が主流であった。これは、このサルが夕方になると必ず川沿いの木で眠るという習性を利用したものである。しかしこの方法では、テングザルが昼間に川岸から離れた森の中で何を食べ、どのように動いているのかを知ることはできず、彼らの昼間の生態は謎に包まれていた。そこで演者は、テングザルの暮らす森へ分け入り、彼らの行動の終日観察を試み、1年間に延べ3,000時間に及ぶ観察に成功した。本講演では、テングザルと一日中森で過ごして見えてきた、彼らの興味深い生態を中心に話を進める。動物の基礎生態の研究というのは、一見するとただの趣味のようにも思われるかもしれない。しかし、人間活動が活発化するにつれ生息地が減少し、絶滅の危機に瀕しているボルネオ島の動物が、何を食べてどのように生活しているのかを知ることは、動物たちの暮らしを守るための森林保護計画の要でもある重要なアプローチだ。テングザルの生態を追うことは、すなわちボルネオの森を守ることにも繋がっているのだ。 |