特別展「海とサルの交わるところ」

第4章 人類進化と海

さまざまな霊長類と海との関係を見てきましたが、ヒトほど海を利用する霊長類はいないでしょう。
特別展の最後には人類進化の視点から、人類の渡海と海産物利用についてご紹介します。

オーストラリア、ニア・オセアニア

霊長類未踏の地であったオーストラリア大陸へは、約5万年前に東南アジア地域から海を越えて渡ったと考えられています。それからほどなくして、ニューギニア島とその周辺の島々(ニア・オセアニア)に分布を広げます。ニア・オセアニアに拡散した人々は狩猟採集民でした。日本列島にも約38000年前から人類が海を越えて流入していきます。

リモート・オセアニア

太平洋上に点在する小さな島々(リモート・オセアニア)への外洋航海は、人類の拡散の最終段階の出来事です。ずっと時代が新しく、約3500年前から始まります。かれらは農耕牧畜の技術をもち、アウトリガー付きのカヌーや、双胴式のダブル・カヌーに家畜や栽培植物を積み、星を読みながら外洋を航海しました。この最後のフロンティアへの進出には長い時間を要し、ハワイ島やイースター島にたどり着いたのは約1300年前のことでした。

人類の移動はほとんど“歩き”

人類の最大の特徴は「直立二足歩行」です。体幹をまっすぐに立て、足を交互に前に出して進む、動物の中で唯一無二の特殊な移動方法です。登場以来ほとんどの期間、人類は“歩く”ことによって生息域を広げてきました。
人類は約700万年前にアフリカで誕生しました。その後、長い間アフリカ大陸にとどまり続けますが、約200万年前に登場した原人のなかまが、初めてアフリカ大陸を出てユーラシア大陸へ歩いていきました。その後も旧人の出アフリカが起きましたが、ユーラシアにとどまっていました。
ユーラシア大陸を出て、さらなるフロンティアへの進出を果たしたのは現生人類、ホモ・サピエンスです。約30万年前にアフリカで誕生したホモ・サピエンスは、約10万年前にアフリカ大陸を出て、世界中に拡散していきます。人類未踏の地であった南北アメリカ大陸へは、約16000年前、氷期に海水面が下がり、ベーリング海峡が陸続きになったときに歩いて渡ったようです。
人類の海洋進出は、約5万年前にオセアニア地域で始まりました。やがて、日本列島や太平洋の島々へ、舟を使って拡散していきました。

ホモ・サピエンスの拡散時期

日本人はどこから来たの?

ホモ・サピエンスが世界中に拡散を始めた約10万年前以降、日本の本州、四国、九州が大陸と陸続きになったことはありません。北海道はサハリンを経由して大陸とつながっていた時期がありますが、津軽海峡がつながることはありませんでした。つまり、日本列島にやってきたホモ・サピエンスは、北海道を除けばみんな海を越えてやってきた人々ということになります。
もっとも古い日本列島への移住は、約38000年前頃から始まります。朝鮮半島から対馬海峡を越える「対馬ルート」と、台湾から琉球列島を経由する「沖縄ルート」が想定されています。海を渡って日本列島に広がった人々が、最終氷期の終わり(約1万年前)とともに縄文文化を花開かせていきました。一方、津軽海峡で隔絶された北海道には、陸づたいにサハリンを経由する「北海道ルート」で主な移住が起こり、独自の文化が形成されていきました。
時代が下って約3000年前、弥生時代が始まる時期には、朝鮮半島から対馬海峡を渡って、稲作や青銅器、弥生式土器などの技術を携えた人々が大量に流入してきました。その後も、シルクロードの東端に位置する日本列島にはさまざまな人々が流入して混じりあい、現在の日本人が形成されてきました。

日本列島への移入経路

海を越えた原人の生き残り?ホモ・フロレシエンシス

インドネシアのフローレス島では、ホモ・フロレシエンシスという、大人でも身長が1メートルほどしかない小型の人類が約5万年前までくらしていました。かれらはジャワ島など東南アジア地域にいた原人の末裔だと考えられています。
氷期には海水面が下がり、ジャワ島、ボルネオ島などの島々はアジアと陸続きになっていましたが(第3章を参照)、フローレス島はアジアとつながることはありませんでした。すなわち、ホモ・フロレシエンシスの祖先は海を渡ったことになります。おそらく、ホモ・フロレシエンシスの祖先は海流に流されて漂着したのでしょう。かれらが小さな島に適応して小型化(島嶼化)していたことも、孤立した集団であったことを示しています。

左 :ホモ・エレクトス、右: ホモ・フロレシエンシス

海を利用するためのテクノロジー

人類が海を越えて移動するためには、船の発明が欠かせませんでした。
初期の航海に使われたのは、丸木舟のようなシンプルなものだったと思われます。やがて、安定性を高めるキールなどの船体構造やアウトリガーの発明、風を推進力に変える帆の発達などにより、遠洋航海が可能になりました。
近海の利用においても、極北地域の先住民・エスキモーは転覆や寒さに強いカヤックを利用するなど、地域に応じた工夫がみられます。

ヤップ島のアウトリガー付きカヌー(模型)

グリーンランド・エスキモーのカヤック(模型)

所蔵 野外民族博物館リトルワールド

なんでも食べるホモ・サピエンス

世界中に広がったホモ・サピエンス。違う場所に移動すれば当然、食べることのできる動植物も利用できる資源も異なります。行った先々で工夫を凝らし、さまざまなものを食べてきました。 海辺で生活する人々は魚介類や海藻などの海産物を多く利用します。地域ごとに、利用できる獲物に応じて釣り針や銛(もり)などの漁具が工夫されてきました。また、いかだやカヤックなど、近海で漁労をおこなうための舟が利用されることもあります。 日本列島でも、海辺にくらしていた縄文時代の人々は盛んに海産物を利用し、貝塚を残しました。

アラスカ 内陸エスキモーの銛

ヤップ島の釣針

所蔵 野外民族博物館リトルワールド