■日本モンキーセンター60周年を迎えて
日本モンキーセンター(JMC)は、動物を一般の客に向けて展示する施設としては、一風変わった歴史を持っている。
それはまず、研究施設として立ち上げられたことである。
1956年に名古屋鉄道、京都大学と東京大学の各霊長類研究グループ3者の協力によって、犬山の栗栖に研究所が作られた。
名鉄は戦前に生息していたニホンザルの姿を犬山に復活させようとし、
京都大学はサルのフィールドワークから社会の進化を知るために、東京大学はサルを対象とした医学実験を推進するために、
というそれぞれの意向をもっていた。発足当初に、遠く屋久島からニホンザルを運んできて栗栖の裏山に放し、
餌付け群を作って野猿公苑にしたことはこれらの背景をよく物語っている。
その後、JMCは順調に研究センターとしての道を歩んだ。翌年には世界初の霊長類学の学術誌PRIMATESを創刊し、
すぐに英文雑誌として世界に配信した。また、「モンキー」、「野猿」という和文雑誌を刊行して、霊長類や霊長類学の普
ニホンザルの保全活動を推進した。当時、ニホンザルは奥山に隠れていて人の目に触れることは少なく、
各地で絶滅の危機に瀕していると言われていたのである。一方で、国立予防衛生研究所などから依頼を受けて、
カニクイザルなどを輸入し、繁殖施設としても大きな貢献をした。
1958年にはゴリラを対象に海外学術調査隊をアフリカへ派遣し、同時に世界から多くの種類のサルを集め始める。
翌59年には外国産のサル16種、53頭を展示したモンキーアパートを栗栖に開館し、これが動物園としての出発点になった。
62年には今の場所に世界サル類動物園が開園され、モノレールが開業して多くの客を犬山遊園駅から運ぶようになった。
ここで注目したいのは、この動物園が博物館として設置されたことである。日本で登録博物館としての動物園はJMCだけである。
65年にはビジターセンターが開館し、全国の博物館活動の拠点として大きな働きをするようになる。
毎年、全国のサル学愛好者を集めたプリマーテス研究会が開かれ、
サル学という学問と「サルを知ることはヒトを知ること」という独特な考え方は全国に広まった。
私がJMCでリサーチフェロウとして働いたのは1983~88年で、この頃はまだ霊長類のパイオニア的研究を担い、
その成果を発信する博物館としての息吹は色濃く残っていた。私自身もアフリカでゴリラ、
屋久島でニホンザルのフィールドワークをしながら博物館活動に力を注いだ。当時のモンキーを見ると、
その当時の熱い思いがよみがえってくる。しかし、その後JMCは隣のモンキーパーク遊園地との連携を強め、
動物園の経営を主たる業務とするようになった。JMCのすぐ隣に京都大学霊長類研究所が設立され、
しだいにその活動領域を広げてきたこと、JMCの運営が動物園の収入で成り立っていたことなどがその主な原因である。
日本各地、そして愛知県内にもさまざまな娯楽施設ができ、また赤字続きのモノレールが廃止されたことが、
やがて客の足を遠ざける結果となった。
そして2014年4月、JMCは名鉄の支援の手を離れ、公益財団法人として再出発することになった。
それは初心に帰ろうという共通の目標のもと、動物園の入場者数だけにこだわらず、
霊長類の福祉の充実と展示方法に大きな力を注ごうということだと私は認識している。
理事長、所長、館長、園長にそれぞれ研究者を充てたのもその現れである。この2年、その成果は着実に現れ始めている。
JMC発足当時から引き継がれているPRIMATESも順調に発刊されているし、長らく休刊になっていた「モンキー」も復刊された。
学芸と飼育に携わる職員全員が野生霊長類の生息地に派遣され、また他の動物園や水族館を積極的に訪問して知識や技術を蓄積している。
週2日ある休館日を利用してさまざまなアイデアを出し合い、工夫と魅力に溢れた展示が創造されるようになった。
京大モンキーキャンパスや京大モンキー日曜サロンといった研究者との交流も頻繁だし、
京都造形芸術大学との連携で面白い企画も生まれている。リスザルの島やWaoランドの体験ゾーン、
アフリカンビアガーデンなど盛りだくさんの催しはウェブサイトを参照していただきたいが、
やっと現場からの声がモンキーセンターの催しに反映されるようになったと思う。JMCに新しい時代が来たと強く感じる。
この60周年を契機に、初心を忘れることなく、さらに大きく飛躍してほしいと思う。
2016年10月17日
公益財団法人日本モンキーセンター博物館長
山極壽一
■ガボンのチンパンジーとゴリラの新しい発見
このたび、ガボンのチンパンジーとゴリラについて新しい発見を論文にし、
それを京都大学より記者発表しました。すでにいろいろな新聞に取り上げてもらいましたが、この館長室でもご紹介いたします。
■野生のチンパンジーの新しい道具使用行動を発見
本研究では、チンパンジーが複数の道具を使って複数の目的を達成する柔軟な思考能力を持つことを発見しました。おそらく250万年前に最初の石器を作った人類の祖先も、このように同じ道具を別の目的で用いる思考能力を持っていたに違いありません。
今回の発見は、人間にもっとも近縁なチンパンジーにもこの認知能力があることを示し、人類の祖先がさらに古くから複数の用途をもつ道具を用いていたことを示唆しています。人類の知性の進化に新たな証拠を付け加える発見と考えられ、学術的な意義が大きいと考えます。
≫詳しくは
京都大学のお知らせページ をご覧ください。
■野生のゴリラにフルーツを分配する行動を発見
今回、初めてゴリラのおとな同士の食物分配を発見しました。また、交尾と関連した食物分配も観察できたことから、チンパンジーと似たような社会的機能があることも示唆されます。
さらに、チンパンジーのように口や手から直接食物をとるのではなく、ゴリラは食物をいったん地面に置いて相手に取らせます。こういった違いには両種の社会の特徴が反映されており、人類の食物をめぐる社会進化を考えるうえで大きな学術的意義があると考えます。
≫詳しくは
京都大学のお知らせページ をご覧ください。
2014年6月27日
日本モンキーセンター博物館長 山極寿一
■ガボンのゴリラ
この5月の連休に、私はアフリカのガボンに行っていました。
JICA(国際協力機構)とJST(科学技術振興機構)の支援によって私たちが実施してきたプロジェクト
「野生生物と人間の共生を通じた熱帯林の生物多様性保全」の成果を踏まえて、国際シンポジウムを開催するためです。
2日間にわたって行われたシンポジウムは政府や大学関係者だけでなく、多くの一般の人々が参加し、
新聞やラジオにも取り上げられて大盛況でした。
私たちのプロジェクトに多くの人々が関心を持ってくれて、とてもうれしく思っています。
パパとその家族
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プロジェクトの目的は、熱帯雨林が国土の85%を占めるガボンの生物多様性の実態を明らかにし、
民産官学共同でその保全のための方策を立てることにあります。
その重要項目として、野生のニシローランドゴリラを対象としたエコツーリズムの企画があります。
日本モンキーセンターにも人気者のタロウがいますが、
実はタロウをはじめとして世界の動物園で暮しているのはほとんどすべてニシローランゴリラです。
ところが、最近まで野生の暮らしがわかっているのは別の亜種マウンテンゴリラだけでした。
ニシローランドゴリラの方が早く発見されて次々に世界の動物園に送られたのに、
長い間人間に狩猟されてきたために敵意が強く、なかなか人付けができなかったからです。
ガボンのゴリラ彫刻
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この10数年、私たちはガボンのムカラバ国立公園でニシローランドゴリラの人付けに取り組み、
やっと身近に観察できるようになりました。マウンテンゴリラとは違う彼らの行動や生態について、
新しい発見が相次いでいます。私たちの試みはガボンでもしだいに有名になり、
私たちが名付けたパパ・ジャンティ(やさしいパパ)というオスゴリラの名前を知っている人が増えてきました。
今度ガボンを訪問して驚いたのは、今までになかったゴリラの民芸品が店頭に並びはじめたことです。だいにガボンでも、ゴリラが人々の愛すべき存在になってきたような気がします。モンキーセンターでもこの活動の様子をお知らせしようと思っていますので、楽しみにしていてください。
2014年5月22日
日本モンキーセンター博物館長 山極寿一
■公益財団法人日本モンキーセンター博物館について
公益財団法人日本モンキセンター
館長 山極寿一
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日本モンキーセンターは1956年に文部省所轄の財団法人として設立されました。
当初は犬山の大根畑と桑畑の中にオフィス兼研究室兼宿舎が建てられて始まり、
それから博物館、世界サル類動物園が新設されて今の姿になりました。
管制の組織ではなく、産学協同の先駆けとして設立された民間の財団であり、当時の財界と大学、
とくに名古屋鉄道と京都大学が手を取り合って創り上げた世界でも珍しい試みでした。
資金や人材の不足に悩みながらも、またたくうちに国際学術誌PRIMATESを刊行し、和文の普及誌モンキーを発行、
さらには霊長類学を志す人々が集うプリマーテス研究会を主催して、その存在感を世界に示してきました。
その後、1985年に日本霊長類学会が誕生してプリマーテス研究会はシンポジウム形式に改められ、
モンキーの発行も中断しておりますが、PRIMATESは今日に至るまで世界初の霊長類学の国際誌として世界をリードしています。
この4月に公益財団法人として生まれ変わり、それを機にこれまでの博物館活動を振り返りながら、
新たな展望を立てようと考えております。基本的な考えはこれまでと変わりません。
霊長類と霊長類学を普及すること、そして「サルを知ることはヒトを知ること」がキャッチフレーズです。
日本モンキーセンターや他の動物園、マスコミやメディアの働きによってサルや類人猿の知識はずいぶん一般に普及しました。
難しいサルの名前やその生息地について、研究者顔負けの知識を持っている子供たちも珍しくありません。
しかし、霊長類を知ることでいったいどんな世界が広がるのか、人間についてどんな新しいことがわかるのか、
まだよく伝えられているとは言えません。
そこでまず、ヴィジターセンターの特別展示として、近年動物園を窓口として行われている研究、福祉、保全活動を取り上げました。
動物園を自然の窓と考え、動物園を通して自然の仕組みや野生動物の暮らしについて理解を深めようという目的です。
現在各地で行われているユニークな取り組みや新しい技術が、ポスターで紹介されています。
また、これまで大型類人猿(オランウータン、ゴリラ、チンパンジー、ボノボ)の生息地で、
日本人研究者が実施してきた保全や環境教育活動を、パネルで展示しています。類人猿研究は日本が先鞭をつけ、
今も世界をリードする学問の一つです。保全についても多くの努力がはらわれてきたことを多くの方に知っていただきたいと思います。
モンキーセンターの博物館は、これまで積み上げてきた経験をもとに、新しいアイデアと知識を取り入れて霊長類学を分かりやすく、
面白く伝えていきます。世界に誇る霊長類の標本類もその一つです。
映像や写真、そして世界に伝わるサルの民芸品など、豊富な資料が整っています。
ぜひ、こういった資料を使ってまだよくわかっていないサルとヒトの世界の秘密をいっしょに探り当てようではありませんか。
博物館の主人公は私たち学芸員ではなく、来館される貴方自身です。
学びの場として、研修の場として、団らんの場として、大いに利用していただきたいと思います。
今後、すてきなモンキーグッズも考案して販売するつもりです。気軽に声をかけていただき、新しいアイデアをお寄せください。